1990 年 28 巻 2 号 p. 25-33
1900(明治33)年の小学校令改正(第三次小学校令)のもとで、就学義務猶予・免除制度が、地方においてどのように、さらにどの時期に確立していったかを明らかにした。青森県および弘前市を中心に就学関連規則、通達および就学実態などを検討した結果、第三次小学校令以降、県や市においても諸規則の制定、通達などによる就学督責体制の強化、就学奨励をおこなった結果、就学率が向上し、不就学児童が漸滅した。就学義務猶予・免除事由の中から、「貧窮」など経済的理由が見られなくなり、「病弱」「不具廃疾」などの障害だけに限定されるようになったのは1920年代であった。また、就学義務猶予・免除児童数の漸減傾向がなくなる時期が同一の年代であったことなどから判断して、就学義務猶予・免除制度が地方においても確立したのは1920年代であったと言える。