2018 年 152 巻 6 号 p. 299-305
Na+/Ca2+交換輸送体(NCXs)は神経細胞の形質膜に主に発現しており,細胞内外のNa+とCa2+の電気化学的勾配を介して1Na+と3Ca2+の交換輸送により細胞内Ca2+恒常性の制御を担う.NCXsには,3種類のアイソフォーム(NCX1,NCX2,NCX3)が脳への発現が確認されており,著者らは,アルツハイマー病(AD)モデルマウスにおいてNCXsの有意な発現量の低下を海馬(NCX2およびNCX3)ならびに大脳皮質(NCX3)において明らかにした.一方,著者らはNCXsヘテロ型欠損マウスを用いて認知機能障害に関する行動解析を行った結果,興味深いことにNCX2およびNCX3欠損マウスにおいて有意な認知機能障害を惹起していることを確認した.さらに,NCX2およびNCX3欠損マウスの海馬において長期増強現象(long-term potentiation:LTP)の減弱ならびに記憶分子であるカルシウム/カルモデュリン依存性プロテインキナーゼⅡ(CaMKII)の活性異常(NCX2欠損マウスではCaMKIIの活性低下,NCX3欠損マウスではCaMKIIの活性亢進)を確認した.一方,NCX2欠損マウスのLTPの減弱は,カルシウム/カルモデュリン依存性脱リン酸化酵素であるカルシニューリン(CaN)の阻害薬(FK506)の灌流適応により有意に改善し,さらに,NCX2欠損マウスの海馬では有意なCaNの活性亢進を確認した.一方,ADモデルマウスの海馬においても有意なCaNの活性亢進を確認した.本研究結果は,ADモデルマウスの海馬におけるNCX2およびNCX3の発現量低下による細胞内におけるCa2+恒常性制御異常が認知機能障害を惹起する可能性を示唆しており,これらNCXsのCa2+恒常性制御がAD患者における認知機能障害の新しい治療標的となる可能性が示された.