日本薬理学雑誌
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特集 海馬歯状回の遺伝子発現が制御する精神神経機能
成体歯状回における神経成熟度の制御とその機能的意義
小林 克典
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2016 年 148 巻 4 号 p. 176-179

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抄録

ニューロンの機能は細胞の成熟とともに大きく変化する.成体脳が正常に機能するためには,個々のニューロンが正常に成熟して成熟機能を獲得する必要があり,その過程の異常が精神疾患の病態形成に関与することが示唆されている.ニューロンが成熟状態に達すると,その成熟度そのものは変化しないと一般に考えられてきた.しかし,著者らは抗うつ薬の作用機序の解析過程において,成体歯状回の成熟顆粒細胞の生理学的,生化学的特徴が未成熟様の状態に戻ることを見出し,この現象を「脱成熟」と名付けて報告した.歯状回では成体でも神経新生が継続することが広く知られているが,脱成熟は成熟神経細胞の表現型が未成熟細胞様に変化する現象であり,神経新生促進による未成熟細胞の増加ではない.また,神経新生によって増加する細胞の数は歯状回全体の細胞数に比して非常に少ないが,脱成熟は顆粒細胞の大多数に誘導され,細胞体興奮性やシナプス可塑性などの細胞機能を顕著に変化させる.著者らの報告後に,歯状回以外の脳部位でも抗うつ薬投与によって脱成熟様の変化が生じることが報告された.また,飼育環境の変化や学習課題などの生理的な刺激でも類似の変化が生じることが報告された.つまり,脱成熟又はそれに類似した神経成熟度の変化は,歯状回に限定した現象でも抗うつ薬の作用に特異的な現象でもなく,多様な刺激によって誘導され,成体脳の生理的機能調節に関与する可能性がある.この成体脳における成熟制御機構が明らかになれば,成熟度の人為的制御による精神神経疾患治療法の開発や,生理的な神経成熟制御を生活習慣の改善によって維持することによる疾患の予防・治療法の提案などに結び付くと考えられる.

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