日本物理学会誌
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実験技術
軽元素ドープ系材料での新しい原子イメージング法――白色中性子ホログラフィー
大山 研司林 好一
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2022 年 77 巻 6 号 p. 379-386

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抄録

現代社会を支えている半導体などの機能性材料の多くは実は純粋な物質ではなく,多かれ少なかれ別な元素の添加(ドーピング)によりその性能を実用レベルに調整している.例えばシリコン(Si)半導体は,ホウ素(B)やリン(P)を10-3–10-6%程度ドープすることで初めて実用可能な半導体となる.これは例えば1億個のSiに対しBなどが1個,といった量である.

したがって,微量の異種元素(ドーパント)が結晶中のどこにあるかが材料の物性を考えるうえで重要となる.さらに,異種元素が入ることでその周囲の原子の配列が変化するので,その変化が物性に対し重要な意味をもつはずである.このドーパント周りの構造を「局所構造」と呼んでいる.

しかし,局所構造には並進対称性がないため,結晶構造決定に広く用いられる回折実験では局所構造を観測できない.このため局所構造の役割の理解はこれまで十分ではなかった.しかし,近年日本で急速に発展している「原子分解能ホログラフィー」という手法により,局所構造の可視化が可能になってきた.

原子分解能ホログラフィーは,X線を例にとれば,特定のドーパントから20 Å程度の範囲の局所構造を三次元で可視化できる原子イメージング法である.現在では,特に日本において蛍光X線ホログラフィー・光電子ホログラフィー実験が活発に行われ,局所構造の理解が急速に進んでいる.

一方で,X線と電子線の場合,エネルギー材料で重要となる水素,リチウム,ホウ素などの軽元素を重元素と同じ精度で同時に観測することは得意ではない.それに対し,軽元素と重元素で同程度の感度をもつ中性子を利用すれば,重元素を含む物質でも軽元素構造の観測が可能である.

筆者らは,大強度陽子加速器施設J-PARC(茨城県東海村)の物質・生命科学実験施設で発生する白色中性子を利用することで,中性子ホログラフィーでの原子像の精度の飛躍的向上に成功した.白色中性子を用いれば異なる波長での独立の130個のデータを一度に測定できる.この多数の独立データを同時に解析することで,単波長測定では原理的に生じてしまう偽の原子像を劇的に低減できたことが成功の鍵であった.

筆者らは,希土類強相関電子系SmドープRB6(R: Yb, La)など,軽元素を含む多くの物質で局所構造観測に成功しており,ドーパント位置の決定と格子へのドープ効果の評価を進めている.一例として,安全・安価な熱電材料であるMg2X(X=Si, Sn)では1 mol%以下の微量なBをドープすることで熱電性能を向上させることができるので,Bの位置と挙動の理解が重要となる.筆者らはB周りの局所構造の可視化に成功し,そこから,理論予想に反してBがMg位置に入ること,BドープMg2Snでは,B近傍のSn構造は安定しているのに対し,Mgは揺らいでいることを示した.この事実と熱電性能との関係が興味深い.

機能性材料での軽元素の重要性を考えれば,白色中性子ホログラフィーは物質科学での新しい目となるはずである.さらに,軽元素局所構造研究が可能なのは現時点では世界的にもJ-PARCのみであり,今後,日本独自の物質科学が展開できる.

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