植物環境工学
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論文
ホウレンソウカルスの硝酸イオン濃度推定のためのハイパースペクトルイメージングシステムの開発
伊藤 博通友田 小百合八田 朋子白石 斉聖宇野 雄一
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2012 年 24 巻 4 号 p. 233-243

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抄録

継代してから2週間から3週間培養したカルスを培地から取り出し,スペクトルの取得前に黒色ろ紙の上に置いた状態で5秒間の吸引ろ過,10秒間の吸引ろ過をしながらの洗浄処理,最後に20秒間の吸引ろ過を施すことで,培地の硝酸イオン濃度に依存せず,カルス本来の硝酸イオン濃度に近い値を測定できた.洗浄および吸引ろ過の処理を施した後のサンプルをハイパースペクトルカメラで撮影し,撮影後に硝酸イオン濃度実測値を測定した.得られた吸光スペクトルと硝酸イオン濃度から硝酸イオン濃度推定の検量線を作成した.検量線作成に用いたサンプルの硝酸イオン濃度範囲は126.0 mg L-1から2697 mg L-1であった.ビニング処理を施して取得された,526 nmから877 nmの波長の吸光スペクトルに対し,前処理としてMSCを適用し,PLS回帰分析を行って導出された検量線の硝酸イオン濃度推定精度は評価用データ相関係数が0.7363となった.
検量線作成において問題となった点は,カルスの撮影期日が同じサンプルで作成した検量線の精度は非常に高いが,異なる撮影期日のサンプルを混合すると推定精度が低下することであった.撮影期日が異なるとカルス培養の継代期日も異なるが,異なる継代期日のカルスで同様な濃度のサンプルスペクトル間に明らかなオフセットが生じていることがわかり,この現象が推定精度の低下を招いていると考えられた.そこでMSC法をスペクトルの前処理法に選択したが,推定精度の大きな向上は見られなかった.この結果から継代期日の異なるカルスは異なる性質を持った物質であると考えられた.全く同じ遺伝子を持ったカルスサンプルであるが,培養環境や撮影環境の微少な変化により細胞の状態が大きく異なっていると予想された.カルスは未分化の細胞であるため環境の変化に非常に敏感であり,温度や湿度,継代日からの経過日数,培地の状態など様々な要因の微妙な変化の影響を少しずつ受け,最終的にはカルス毎に性質が異なるサンプルとなってしまったと考えられる.
以上の考察から本研究で開発したハイパースペクトルイメージングシステムを適用する場合はカルスの培養環境や撮影環境を厳密に定め,一定に保つ必要があると考えられる.
本研究で使用したカルスは野生株であるが,組換えカルスにも本研究の成果を適用できると考える.導入予定の遺伝子はNR遺伝子のみである.薬剤耐性マーカー遺伝子などは使用しない.このため野生株の形質にNRの生産性が向上する形質が加わるだけである.従って生産量が増えるタンパク質はNRのみである.NR生産量の増減は培地の硝酸濃度や光強度などの外的環境によっても起こりえることである.NR遺伝子導入が今回作成の検量線の推定精度に影響するとは考えにくい.

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© 2012 日本生物環境工学会
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