日本水産学会誌
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平成30年度日本水産学会賞
ゲノム情報を用いた海洋微生物の生理・生態学的研究
左子 芳彦
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2019 年 85 巻 3 号 p. 281-290

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抄録

 海洋は,地球上の生物生産やまたそれを支える環境を考える上で極めて重要な位置を占めている。なぜなら海洋は地球表面積の約70%を占めており,また海洋の平均深度が約3,800 mであることから,面積においても体積においても最も重要な地球環境である。また海洋は,赤道から両極地まで広範な地球表層環境をおおい,陸上とは異なった圧力,塩分,温度,光などの環境条件を有しているため,多様で特異な生物が生息している。また海洋には,沿岸域,外洋域,閉鎖性海域,深海域など陸域にはみられない環境が存在するため,生息する生物の生態・生理・進化において特徴的な影響を与え,独特で特異な生物が生息していると考えられる。

 さて近年次世代DNAシーケンサーの開発により,微生物を中心とした環境メタゲノムの解析が発展した結果,海洋には従来推測されてきたよりも桁違いに多い未知微生物の存在が明らかになってきた。現在もゲノム解析やメタゲノム解析によるDNAデータベースの拡大は日進月歩で,今後も驚異的なスピードで加速することは疑いの余地が無いと思われる。

 近年これらのメタゲノム解析の情報により,海洋における物質循環や生物生産において微生物の果たす役割は従来の予想よりはるかに大きく重要であることが明らかになってきた。しかし海洋微生物の99%以上は難培養性未知種であり,詳細な生理生態が不明である。そのため海洋環境の変化や富栄養化に伴う有毒・有害微細藻の異常増殖とそれに伴う養殖魚介類の毒化や斃死などの環境問題や,新たな生物資源の開拓を目指す次世代水産業において重要かつ大きな問題となっている。

 このように海洋環境には,水産業にとって深刻な打撃を与える有毒・有害微細藻の存在と共に,遺伝子資源として極めて有用な微生物も共存している。本稿では,⑴海洋微生物のゲノム情報に基づく高感度分子診断法の確立により,異常増殖により魚介類の養殖において世界的に深刻な問題となっている多様で形態分類の困難な有毒・有害微細藻の分子モニタリング法の開発と,⑵深海・浅海熱水環境から,多様かつ難培養性の新規超好熱古細菌やCO資化性好熱菌を分離し,生態,生理,生化学的特性の解明と全ゲノム解析の活用により,次世代遺伝子資源である難培養性好熱菌と耐熱性有用酵素の開発等に関する主要な研究成果について紹介する。

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© 2019 公益社団法人 日本水産学会
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