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KCI 등재

定家의 幽玄연구 - 『八代集秀逸』와 『百人一首』를 중심으로 -

일어일문학연구
약어 : -
2009 vol.70, no.2, pp.155 - 173
DOI : 10.17003/jllak.2009.70.2.155
발행기관 : 한국일어일문학회
연구분야 : 일본어와문학
Copyright © 한국일어일문학회
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幽玄という美意識は俊成思想の要のように思われている。勿論、歌合の評語として14回にわたって使用されたし、彼の歌論書と『自鎮和尚自歌合』『民部卿家歌合』などにも「艶にも幽玄にも」「艶にもあはれにも」「艶にもをかしくも」のように言及されているからである。しかし、俊成が特に幽玄を強調した根拠は見あたらない。むしろ、俊成にとっての幽玄とは様々な美意識の表現の中の一つに過ぎないものだったし、深く感動したものをどの表現で表しても構わない姿勢であったと思われる。  定家も幽玄という言葉を用いて評したが、俊成ほどではなかった。歌合に五回、歌論書に一回だけで、その意味も俊成に比べて限られた範囲、つまり秋の寂寥と寂しい山里を感じる歌に対してであった。要するに俊成の幽玄が総合的美意識の表現と言えば、定家の幽玄は寂しさと哀感深いものだと言えるだろう。  定家の幽玄を具体的に定義するために、彼の晩年の秀歌撰(『八代集秀逸』と『百人一首』)の秋歌を調べてみた。『八代集秀逸』の場合には、秋の風景を幻想的に描いている歌(特に露を素材にしたもの)、恋歌とも言えるものが多い。が、定家が歌合で規定した幽玄の枠にふさわしい寂びたる秋の叙景歌はわずか三首(22、33、43番)にすぎない。そして、『百人一首』には6首(5、23、47、70、71、94番)がある。その以外には言語遊戯、新しい表現の歌、鮮明な秋の趣きを描いた歌など多様なものが収録されている。  以上のように、秀歌撰においての秋歌は歌合に評語として取り扱われた幽玄のイメージとは相違ある歌が多い。というのは幽玄という美意識の働きが全くないとは言えないが、定家の思想の中には中心的ではなかったとも言えるだろう。

幽玄, 秀歌撰, 八代集秀逸, 百人一首, 定家, 俊成

  • 1. [단행본] 林瓚洙 / 2009 / 定家 秀歌撰의 특징 -『百人一首』를 중심으로 / 日本学研究
  • 2. [단행본] 有吉保 / 1974 / 新古今和歌集の研究 基盤と構成 / 三省堂
  • 3. [단행본] 有吉保 / 1982 / 和歌文学辞典 / 桜楓社
  • 4. [단행본] 久保田淳 / 1993 / 中世和歌史の研究 / 幽玄とその周辺
  • 5. [단행본] 島津忠夫 / 2007 / 新版百人一首 / 角川文庫
  • 6. [단행본] 鈴木貞美 / 2006 / わび・さび・幽玄ー「日本的なるもの」への道程 / 水声社
  • 7. [단행본] 武田元治 / 1990 / 定家十体の研究 / 明治書院
  • 8. [단행본] 武田元治 / 1992 / 幽玄ー用例の注釈と考察 / 風間書房
  • 9. [단행본] / 1982 / 谷山茂著作集1『幽玄』 / 角川書店
  • 10. [단행본] 樋口芳麻呂 / 1983 / 王朝秀歌撰 / 岩波文庫
  • 11. [단행본] 福田秀一 / 1994 / 日本歌論における幽玄研究史素描 / 東方学
  • 12. [단행본] 1961 / 1961 / 『後鳥羽院御口伝』 日本古典文学大系 / 岩波書店
  • 13. [단행본] / 1993 / 『古来風体抄』日本古典文学全集 / 小学館
  • 14. [단행본] / 1987 / 新編国歌大観(5巻) / 角川書店